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2010年2月

2010年2月22日 (月)

オトナ時間ヒトリ時間

オトナ時間ヒトリ時間
Happy Monday!

Happy Hours!

2010年2月21日 (日)

キミに金沢の話をしよう 5

翌日になると、ここ金沢を夜のバスで金沢を離れなければならない。かなり金沢市内が混雑していて渋滞がひどい。そこで自転車を借りて観光。

これはかなりかしこい選択だった。進まないバスを横目にすいーすいー。この小回りの良さを生かして金沢市内にちらばっている3つの茶屋街を見て回ることにした。

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それぞれ異なった趣があり、それぞれによさがあった。さすがに真昼間から芸妓さんにはお目にかからなかったし、観光客があふれんばかりにいたので、夜の雰囲気とは違うものだろうが、それでもちょっとした袋小路の奥に入り込むと、またそれは時代がトリップした感じになるのである。

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この小さな階段をどこかのダンナさんと芸妓さんは手を取りあって下っていくのだろうか、と想像をふくらませる。

ああ、わたしも生まれ変わったら芸妓がいい。前日の踊りを見てつくづく、彼女たちは日本の文化だと感じた。きっと日々練習を積み重ねて、精進されていることに違いない。また日本の文化の繋ぎ手を人生の道として選んだ彼女たちを尊敬する。

3つの茶屋街の間に様々なところにも寄ってみた。

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泉鏡花「滝の白糸」の像、押せば水が出る!近くにいた女性観光客と代わる代わる押してみるが、なかなか出ない。出ない出ないと思っていたら出てきた。三人で大笑い。

妙立寺(通称・忍者寺)、あまりの参拝者?見学者?の多さに入ることをあきらめる。忍者寺と言われるように内部はおもしろいからくり仕掛けがしてあるようだ。(あまりの人の多さに嫌気がさし、写真さえ撮るのを忘れた!)

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卯辰(うだつ)山、あんまりいい名前じゃないが、こんなとこに一人で登ってしまった。登る前に、麓にある地図を眺めていたら、近くに女性が通りかかったので、「この山を自転車で登れますか?」と聞いたら、苦笑いしながら「登れないことはないと思いますが、大変です。」と完璧な答えが返ってきた。おっしゃる通りだと存じます。結局、麓に自転車は置いて、えっこら、よっこらと登って、金沢を高台から眺めてきた。

この日は午前中の内にデジカメが壊れて全く写らなくなってしまった。前日くらいから調子が悪かったのだが、まさかこんなところで壊れるなんて・・・とショックだった。

ここでも私の運の悪さが出た。日ごろの行いなのかしらねぇと反省。思わず電気屋に寄って買って帰ろうかと思ったくらいである。でも電気屋は探し出せず、結局この後から写真は携帯のみ。写真を撮ることに才能のない私は画素数が落ちると何ともわびしい写真しか残っていないものである。

 

金沢というまちは見ても見ても見足りない、わたしにとってはそんな印象のまちである。

京都ほど大きい都市でもなく、こじんまり感があって、なおかつ見ごたえはある。しかも博物館やホールなどがかなり充実している。歴史の町、観光の町としての意識が高いのか、色んな催し物も開催されているようである。

縁もゆかりもない金沢になぜにここまで「行きたい」と思い続けたのかわからないが、妙にひかれる場所なのである。

今度は雪の降る金沢を見てみたい。大好きな人と一緒に手をつなぎながら歩けたら最高だ。

 

あ、煩悩は捨てるはずだった、そうだった。ああ、捨てきれない、捨てきれない。煩悩だらけの人生である。

 

(とりあえず、終わり・・・)

 

この後名古屋へ戻り、翌日は伊勢神宮へ参拝した。

その話はまたあとで・・・(もういいか・・・)

キミに金沢の話をしよう 4

いよいよここからが今晩のメインイベント!

金沢園遊会・金沢おどり(北國新聞主催)である。金沢には三つの茶屋街、東町、西町、主計(かずえ)町があり、その茶屋の現役芸妓さんたちが演舞するのである。

ネットでこれを探し出したとき血が騒ぎ出した。「絶対これ見に行く!!!!」と、その場でネット決済でチケットを押さえた。

ホテルにあわてて戻って、シャワーを浴びて、ちょっとおめかしして、お出かけである。ホントは和装で出かけたいところだけれども、着付けのできない無知な日本人の私はしわにならないワンピースででかける。

うきうき気分で行ってみて驚いた。チケットが送られてきたときは何とも思わなかったのだが、会場に行き座席をチェックすると前から2番目中央なのである!!チケット取ったのはかなり遅い時期だったが、一人だとこういうチケットに遭遇したりするもんだ・・・とつくづく感激。

日本舞踊のしなやかさ、艶やかさ、あれはたまりません。もう、わたくし感激して胸が震えて、涙が出た。美しいお姉さまたちにも感激!いやぁ、色っぽい流し目!白くて細いうなじ!完璧にノックアウトされた。女の艶というものをまさに実感した。これを機に今後修行をさせていただきます。

もちろん演舞中の撮影は禁止されていたので、終わってから館内のみ許可をもらって撮影させてもらった。

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その後は園遊会があったホールの下の階会場で今度は「加賀の宴」というのがあった。これもチケット制なのだが、普段は一般人はお遊びができない茶屋街だが、このときばかりは芸妓さんたちのお酌で高級料亭のお弁当がいただける。ここまで来てこれをはずさないわけにいかない。 

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一人でこの場はどうよ?と思う瞬間だったが、またしても一人の席ってどこでも座れるというか、ちょうど中央に団体のおばちゃまたちの横が空いていたので座っていいか確認したらOKだということで、そこに座した。

結果、このおばちゃまたちのおしゃべりの和にももれなく入れていただいて、全然臆することなく楽しめた。若い芸妓さんにおしゃくしてもらって、おしゃべりして、お遊びの舞台を見て、おもわず「まいこはーーーーーーーん!!」ととある映画のアベサダヲのように叫びそうになった。(舞妓さんじゃないけど)

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写真も一緒に撮っていただいて、おしゃべりも最後までさせてもらって、感激しっぱなし。「あんやと~~~~」金沢弁で「ありがとう」という意味だそう。芸妓さんが使ってるのを聞いて、かなりと悶えた私である。

園遊会後は近くのANAホテルのロビーでジャズのフリーミニコンサートがあるのをチェックしていたので、同フロアにあるラウンジで飲む。女性一人であり、ちょっとおめかししているせいか何気にホテルマン、ウーマン達の対応がいい。チーズ盛り合わせとちょっと奮発してシャンパンをいただく。もう完全セレブな気分よ。(あくまで気分だけ)

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そばにはこんな素敵なラウンジで、「ぎゃー」と騒いでいるおばちゃまたちもいるもの。って・・・その集団をよく見ると、先ほどまでご一緒させていただいたおばちゃまたちだった。

代わる代わるトイレかどこかに向かう途中に私の席に寄り、それぞれが声をかけていかれる。金沢県人のおばちゃまたちはかなりおもしろ楽しいおばちゃまである。

ロビーではジャズコンサートが始まる。お酒を飲みながら生の音楽をソファーに腰掛けて聴く。至福の時間である。オトナ時間。こういう時は大人になって本当によかったと実感する。

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オトナ時間は必要だ。コドモではできない経験を積んだ分、これが至福と思える時間がある。

 

(まだつづくか?)

キミに金沢の話をしよう 3

翌日は金沢市内観光及び芸妓さんたちの金沢おどりの鑑賞、そしてジャズを楽しむ日。この日はまさに感動いっぱいの日になった。

このシルバーウィーク。金沢はかなり充実していた。毎年、この時期ジャズフェスティバルなるものがあるらしく、さまざまなバンドやシンガーが各地から集結するのである。ホールであるコンサートのみならず、街中でもあちらこちらからジャズサウンズが聞こえてきた。

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まずはじめに兼六園へと向かう。日本三名園のひとつ。岡山の後楽園は幼いときに行ったことがある(ほとんど記憶にないが・・・)。ここへ来たらあとは水戸の偕楽園へ行くのみ。いつかきっと行くぞ!

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加賀藩主・前田家が代々にわたって作った庭園。目の前にそびえたつ大木の数々。テレビで見かける度に一度散策してみたいと思ってはいたが、生す苔や玉砂利の音、滝のしぶき、作られたものであるにも係わらず、自然の営みがある。樹齢何百年になるだろうか。おおきく傾いた松さえ風格がある。「おおおおおおおおーーーーーー」と一人で歓声をあげる40過ぎの女である。

言っておくが私は俗に言う歴女ではない。どちらかといえば歴史は日本史も西洋史もかなりの苦手であった。ただ単に国を超えて、歴史のある古い建物や公園、庭園は大好きな女なのである。その沿革とか歴史とか聞いても聞き流すだけのわたしだが、ただ目の前に現れる美しい造形物に見惚れるだけのだ。ただそれだけなのであるが、この目で見るということは大事なことだ。

そこから隣の金沢城跡へ。気持ちのいい場所。このあたりは散策にはもってこいの地。

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近場には21世紀美術館がある。ここはかなりいいはず、たぶん。「たぶん」って入ることができてないということである。見よ、この人だかり!!!

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並ぶことの嫌いな私は、「また今度来よう」と即決。チケットがいるゾーンとフリーゾーンに分かれているのだが、フリーゾーンで十分楽しめた。地元の水墨画の会の展覧会もあって、そちらを見たり、館内に何気なくある現代アートを見たり、椅子さえもアートになっていたり・・・。おすすめ!!!

 

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次回は観光客でごったかえす時期をはずしてここへ来て、館内めぐりを思う存分楽しんでみたい。

博物館を後にし、武家屋敷群へ・・・。この後、「金沢園遊会・金沢おどり」が控えていたので、時間があまりとれず、武家屋敷群をさささーーーーーと見て廻る。それでも加賀藩というのはやっぱり豊かだったのだわと思った。やっぱり薩摩藩は武家屋敷でも質素な感じが抜けないというか・・・。それはそれでよかったりするのだけれども、「なんだか違いますわよ、レベルがっ!奥さまっ!」と言いたくなる。

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武家屋敷群の近くの公園でも青空の下、どこかの大学がジャズを演奏していた。観客も多い。何気なく聞こえてくるジャズサウンズっていい。おもわず体がゆれる。

心地よい風と晴れた空。澄んだ音楽。私の心もこんなだったらいいのに。

(飽きずにつづく)

キミに金沢の話をしよう 2

早朝、名古屋へ着くと、バスセンターのトイレで顔を洗い、身支度を整え、今度は白川郷行きのバスに乗る。連休のためか、人が多い。高速道路も車で埋まっている。

白川郷へは4時間くらいかかっただろうか。白川郷も人だかりである。でも来たくて来たくてしょうがなかった場所である。

合掌造りの藁葺きの村。外から見ても、中に入っても圧巻である。高台まで行くバスにのって10分程度。村を見おろすと、日本の原風景が広がる。あちらこちらにコスモスが咲き、心地よい風が吹く。

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ここでずーっとぼーっとしていたい。そんな感じであった。でも夕方にはここを離れなければならない。高台を歩いて降りて、村をうろうろする。

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メインストリートはおみやげもの屋さんが主流。でも風景を壊さないように雰囲気にあったように店構えが作られている。

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ひとつひとつが絵になる。水車や洗濯物や、流れている川や草や木や・・・。この風景を見ながら歩いて心落ち着くってことは、ああ、やっぱりあたしは日本人なんだなぁと実感する。

50年持つか持たないかの現代の日本の家屋。やっぱり私はそういう家でなく、持ち主が変わっても代々に渡ってつないでいく家がいいとつくづく思う。たぶん、これらを保存していくというのは並大抵のことではできないだろう。でも、やっぱり大事な日本の原風景。できる限り残し続けてもらいたい。

ああ、できれば、わたしもこんな家に住んで、縁側でぼーっとしたい。

 

 

その日金沢に入ったときはもう日が暮れていた。駅前にあるバスセンターの目の前にホテルを取ったので、特に問題はなかった。親友の旦那さんが出張で金沢によく来ていたらしく、事前に女一人で飲んで食える店を事前に教えてもらっていたので、ホテルに荷物を置いてそこへ向かう。

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店の中はこじんまりとしているにも係わらず、お客でにぎわっていた。「初めてなんですよ」と言うと、大将から「でしょうね。」といわれる。何を注文していいかわからないときは大将お勧めをいただく。私はいつもそう。ビールを飲んで、うまいおでんを食べる。

日本酒がおいしい北陸。せっかくなので、今度は日本酒をコップ酒でいただく。一人、忙しく働く大将や楽しく飲むお客を見ながら飲む金沢の酒。贅沢な時間だったと思う。

年配のご夫婦と隣り合わせ、どちらからともなく3人でお話を始めて、お勧めの場所やお酒、食べ物などを教えていただいたりした。とても上品なご夫婦で、この店の常連さんなんだそう。大将も巻き込んで、今度は会話が弾んだ。こういう店には基本一人で楽しみたくてくるわけだが、こういう邪心のない会話は大好きなのだ。

金沢には市内に100円バスが走っている。飲み屋を出て、ほろ酔い加減でこの100円バスに乗り、ホテルに戻り、お風呂に入って寝る。ほろ酔い加減で眠りにつけるこの幸せ。

こんな幸せが永遠に続けばいいと思った。

(懲りずにつづく)

キミに金沢の話をしよう 1

2010年9月、完全に魂が抜かれた状態の私は、なんとかこの現実から逃れようとしていた。
そのためにはどうするか。

この場所を少しの間だけでも離れるしかない・・・そう思った。

このときとばかり、運よくシルバーウィークなるものがめぐってきた。親友はこれを敬老の日を含めた老人週間だと思っていたらしいが、私はそんなことどうだっていい。長い休みがあればそれでいい。

この休みを使って、今までしたかったことをやってしまおう。そう思った。

私のしたかったこと。まず旅行しかない。旅行というよりも旅。完全に時空を超え、煩悩を捨て、スナフキンになるのだ。5日間じゃ、とてもじゃないけどスナフキンどころか寅さんにも追いつけやしない。

じゃ、とりあえず、行きたかったところに行ってしまえ!と、航空会社からJR、バス会社のサイトをサーフィンしまくって、ジョルダンで乗り継ぎを考えて・・・。もうこの時点から完全に一人旅に入っていた。

行き場所は、金沢、そして白川郷。この二箇所はは必ず行こうと決めた。あとはどう動くかで変えていこう。

北陸地方って場所はここ鹿児島から行くにはどこか必ず経由しなければならず、直行がない。飛行機を使うのとバスを使うのじゃ、そんなにどちらが便利ってのもない感じだ。

色々検索して、名古屋に深夜バスで入り、名古屋から岐阜・白川郷に昼前に入り、夕暮れに金沢入りする行程をとる。

金沢2泊。本来なら3泊する予定が、やっぱりなんだかんだ言いながら頭は飽和状態に近かったのだろ。なぜかホテルを2泊しか押さえておらず、帰りのバスまで1昼夜空白が空く状態に直前に気づいた。ホテルに電話するも、もう予約で一杯とのことで、バスを前日にずらして名古屋に戻って、名古屋で1泊するという、最初から不満が残る組み立てになった。

でも、ま、そんなことはどうでもいい。この場所から離れれば・・・。何かふっきれればそれでいい。

金曜日仕事を終え、大急ぎで自宅に帰り、バスに乗り込んだらすぐ寝ていいように、シャワーを浴びた。即行でバックパックをかかえ、すっぴん・瓶底眼鏡でバスセンターに向かうためにJRに乗り込んだ。

そこでおきたのが世を動かす(?)大事件なのである。乗り込もうとする私の目の前になぜか例の元彼がJRから降りてきて、遭遇。最初何事かわからなかった。向こうが頭をぺこりとさげて、ようやく理解できた。私の神様はイジワルすぎる、運が悪すぎる・・・。

彼とは同僚ではあるのだが、部署も違うのでそんなに遭遇することはなく(年に1回程度は見かけたりする程度)、お葬式で一度会って会話した程度。なのに、この9月、私はこのJRでの遭遇数週間前に彼のいる部署に行く機会があり、そこで会話を交わしていた。普段は見かけても全く会話も交わさないのに、その日に限って彼から声をかけてきた。

目の前をチョロチョロする彼に、「何そんなにチョロチョロしてんの?」ということ、そこで、「今度さ、お酒でも飲みに行こうよ」と携帯番号を渡されていた。(つきあってる当時は携帯なんてビジネスマンの持ち物だった)

「えええええええ???????普通、渡すか?携帯番号???」そんなことを思いながら、衝撃を受けながら、人目もあったので、とりあえずその紙を受け取っていた。そしてそのまま登録・・・。私も彼とふつうにしゃべりたい気持ちはずーっとあったので、そのまま捨てるということはしたくなかった。携帯番号ももらえたとき、驚きながらも嬉しかったのは事実だ。

JRの場面に戻る。

彼を目の前にして、あたしの心臓はばくばくである。何より「すっぴんである自分を見られた!げげっ!!!」というショックだったのだ。

彼は20代の頃のノリにノっていた(?)私しか知らない。40過ぎた女のすっぴんなんて、ただでさえ人前に出すものではない。

誰にも会うことはないからと思って、寝るだけの格好ででかけたのに・・・。ショック以外の何ものでもなく、思わず私は電車に乗り込んでから、即座に彼に電話をかけていた。「すっぴんだから!化粧してないから!」という言い訳をするために。

別に今考えるとそんな言い訳をする必要はなく・・・。アホだなぁと。ああ、あたしもまだ女なんだなぁと。

結局、これをきっかけに、今度はショートメールで彼からメルアドが送られてきて、結局、この旅の始まりが、彼とも事が動き出すきっかけとなってしまった。

煩悩を捨てるはずの旅が、煩悩へ続く道となってしまったのである。

(つづく)

2010年2月14日 (日)

よく遊び!よく学べ!

週半ば、春に結婚する他部署の同僚から誘われ、飲みに出た。

年明け早々に寿退職することを聞かされ、その場で「はーーーーーー?」と叫んだ私である。

結婚式は4月。久しぶりに披露宴なるものに出ることになった。

年を経るにつれ、葬式に出席する回数がかなり多い。葬式より、結婚式の方が楽しい。楽しい場所にお呼ばれするということは嬉しいことだ。

その夜は楽しすぎて、女3人でワインを2本空け、そのうちのほとんどを飲みつくしたあたしは、記憶が飛んだ。

カメラを持参していた私は記憶にない写真がたくさんあることに翌日気づいた。

 

 

翌日はお休み。

朝、自分の体とは思えない状態で、何度もトイレと部屋を行ったり来たり・・・。

2時間、お風呂につかりアルコールを体から絞り出し、二日酔いが回復しつつある状態で、昼から友に連れられとあるハンドメイドの工房へ。

何がよかったと言えば、この作家さんのキャラクター。それに尽きる。

それはとても素敵な、言葉にしてしまえば陳腐になるくらい、私の心が奪われるくらいの女性だった。

また行きたい、また行って彼女とおしゃべりしながら、この不器用な手を動かしてみたい。

まわりがあれよあれよと作り出していく中、私の手は不器用なのだと、つくづく思い知らされた日でもあった。

 

 

週末、これまた素敵なご夫妻と犬のいるお宅へ向かった。

ここは極楽浄土、ある意味私にとっては・・・。

お会いした瞬間からまた泣く女・・・私どす。

なぜかここに来るとほっとして泣くのである。自分でも訳がわからない。

張り詰めてる自分の糸が緩められる・・・そんな大げさなもんでもないか。でもなんとなくそんな感じなのである。

犬がよりそってくるその温かさ。思わず文太のぬくもりが甦る。

文太よりも一回り、二回り、いやはっきりいってそれ以上の大きい犬であるが、その風格に似合うほどのかしこいわんこである。

うちの文太は足元にも及ばない。ご主人に似るというから当然ちゃ、当然なのである。

文太もここへ連れてきたかったなーとつくづく思う。リードを放して、浜辺を走らせたかったなー。

ここでおいしい料理とパワーと愛情を、たくさんいただいた。

感謝の一言につきるのである。

私を温かく迎え入れてくださって、本当に、本当にありがとうございます。

酒に飲まれても、世の荒波にのみ込まれぬよう、気合いを入れて生きていきます。

 

そんなこんなで、遊びまくった1週間。

勉強?

してますわよ、ちゃんと・・・いえ、ちょこっと。

9時就寝、3時起床だもの、あたし・・・。朝勉やってます。

早く寝るほど体の回復力は早くなるらしい・・・。嘘か誠か、実験中。

 

頑張らずに頑張るってのは、ちょっと大変だわね。

 

今週、働きますわよ、勉強しますわよ。おほほほ。

 

2010年2月 6日 (土)

ハル 哲学する犬

 
久しぶりに泣いた本だった。
 

生きてください

今日は、巻き込まれた中学同窓会の打ち合わせ兼飲み会だった。

 

発起人は男4名。前々回もブログで発起人の一人が失踪したことはご承知の通り。

 

その彼は・・・自殺していた。

 

今、同窓会打ち合わせ兼飲み会に参加してきた上でわかったことである。

  

私は、彼が「頑張って最高の同窓会にしよう」という言葉に対して、「みんな仕事してるんだから、頑張ろうとかそういのじゃなくて、無理せずやっていけばいいと思うよ。あと1年あるんだし」という言葉を返していた。

 

なんというか、彼の学生のような情熱に対して言葉が出ないというのが本音であった。

彼との付き合いは中学以来?

いや、わたしがこちらに戻ってきて何度か誘われて遊んだことはあったが、特に気持ち揺さぶられるような思いではなかった。

 

彼も2度の結婚を経験して、いろんな意味オトナになっている・・・そう思っていた。

死んでいる・・・ということを想像していなかった。

 

 

おねがいです・・・

自ら命を絶つという選択しないでほしい。

 

たとえ、それが自分自身の最善の選択だと思っていても。

 

決して、死に向かう最善の方法なんてありはしない。

 

お願いだから・・・

自らの生を絶つ決断を自分自身ですることはやめてほしい。

 

 

私たちは、来年正月の中学校同窓会開催を楽しみにしていたはず。

わたしも、巻き込まれた!と言いながら、巻き込まれるメンバーになっていたことを幸せに思っていたりした。

もっとこのことを彼に伝えていれば彼は救われたのか?

 

考えても、考えても、よくわからないのです。

出てくるのは涙ばかりなのです。

 

苦しめるのは彼の気持ちだけなのです。

 

お願いだから、自ら死を選択しないでほしい。

 

お願いです。

自ら死を選択する勇気があるのなら、もっと他の道を模索してほしいと思うのは我儘なのでしょうか?

 

同窓会計画が持ち上がってから彼から来たメール、「1年なんてあっという間」・・・。

 

何を思って彼はそういう言葉を残したのか・・・。

 

 

どちらにしても、わたしの言葉は「おまえは卑怯者!」としか言えません。

そうとしか言えない自分を卑下したりもしています。

よくわかりません。

 

自ら死を選択する決断を。

 

同窓会計画、前に進んでいます。

前に進むしか方法がない感覚で・・・。

 

同窓生で、事故で死んだK君、癌で死んだYちゃん。

生きたくても生きることが許されなかった彼ら。

 

彼らは自殺した彼をどう受け止めたのだろう。

 

生きるってこと・・・

 

生きる・・・

生きる・・・

生きる・・・

 

あなたはどうとらえていますか?

2010年2月 3日 (水)

心の底から

感謝しています。

あなたに。

 

いつも連絡を取り続けていてくれたあなたに。

更新されないこのサイトをクリックしていてくれたあなたに。

わたしのことを心配をしていてくれたあなたに。

 

たくさんの「ありがとう」といっぱいの「ありがとう」と大きな「ありがとう」・・・

「ありがとう」、それ以外の言葉が見つからないのです。

 

「9つ持っていながら、10を満たそうとするから

いつも追われて余裕がないのです」(某書籍より)

これが今までの私。

 

立ち止っても見えたものはあります。

でも動いたからこそ見えてくるものもありました。

今からは、持っている9つに感謝し、それを自分自身に生かしていけるような女性であろうと思います。

愛をこめて、心の底から、ありがとう。

 

 

 

P.S.

1月31日にお誕生日迎えられた素敵な女性へ

心温まる言葉をありがとうございます。

あなたのブログを読んで、「繋がる」という言葉が浮かびました。

「寄り添う優しさ」というものをあなたのブログを通して気づかされます。

あなたがいてくれてよかったです。

ありがとうございます。